光と風を通し、沖縄の暮らしを守ってきた建築文化。
沖縄の街を歩くと、住宅やホテル、公共施設など、さまざまな場所で幾何学模様のコンクリートブロックを目にします。
「花ブロック」と呼ばれるこの建築素材は、強い日差しを和らげながら風を通し、視線を適度に遮り、建物に美しい光と影を生み出してきました。
1|戦後復興とコンクリート建築
沖縄戦によって多くの建物が失われた戦後、沖縄の建築は大きな転換期を迎えました。アメリカ統治下でコンクリートブロックの製造技術が広まり、木造建築から鉄筋コンクリート造やコンクリートブロック造の建物へと移り変わっていきます。
台風が多く、高温多湿でシロアリ被害も起こりやすい沖縄では、強く耐久性のあるコンクリート建築が、暮らしを守るための現実的な選択となりました。
2|沖縄の気候が生んだ機能
コンクリートの建物は丈夫である一方、沖縄の強い日差しによる熱をため込みやすいという課題もありました。そこで求められたのが、壁としての役割を持ちながら、光と風を通す構造です。
- 強い日差しを和らげる
- 風の通り道をつくる
- 外からの視線を適度に遮る
- 光と影によって建物を美しく彩る
花ブロックは、沖縄の気候に対応する機能と、建築を彩る装飾性を一つにした建築素材として発展していきました。
3|建築家・仲座久雄と花ブロック
沖縄の花ブロックは、建築家・仲座久雄によって考案されたと広く伝えられています。
仲座久雄は、沖縄の気候と文化にふさわしい建築を追求し、戦後の復興住宅や文化財の修復にも携わりました。那覇市の沖縄ホテルには、花ブロックの初期の姿や原型とされる意匠が現在も残されています。
4|暮らしの中へ広がった図柄
花ブロックは住宅の外壁や塀、ベランダ、間仕切りなどへ広がり、沖縄の街並みを形づくる建築要素になりました。
時代とともに、丸、花、ひし形、格子、植物、幾何学模様など、多彩な図柄が生み出されました。同じ機能を持ちながら、作り手や地域によって異なる表情を見せることも、花ブロックの大きな魅力です。
5|沖縄を象徴する建築文化へ
花ブロックは、やがて住宅だけでなく、ホテルや商業施設、公共建築にも使われるようになりました。1981年に完成した名護市庁舎は、花ブロックを象徴的に用いた沖縄建築の代表例の一つです。
現在では、機能的な建材であると同時に、沖縄の風土と暮らしの知恵を伝える文化的な意匠としても知られています。
6|建物から、植物のある暮らしへ
RYUKA BLOCK POTは、既存の花ブロック柄をそのまま複製するものではありません。
花ブロックが持つ「風を通し、光を和らげ、暮らしを守る」という考え方を、植物の根へ空気と水を届ける鉢の構造として再構築しています。
建物の外壁から、室内のテーブルへ。沖縄の風と光の記憶を、植物のある暮らしへ受け継いでいきます。